14歳の食品検査


100年に1度の不況の中、就職活動をしている若人の皆様に捧げるエントリ。


うちの職場も地味に募集をしていたりするのですが、たぶんこの業種は結構理想と現実にギャップがあるので、マインド(笑)のマッチング(笑)でwin-winな関係(笑)のために僭越ながら業務の説明を。
「食品検査 求人」とか「財団法人 食品 求人」とか「分析 食品 求人」とかググる前に見てくれたらいいな。

食品検査の仕事って?

食品、農水産物、器具容器包装、おもちゃ(子供が口に入れる可能性があるので食品衛生法の対象)に対して検査を行います。医薬品や医薬部外品は検査対象に含まれませんが、健康食品までは検査します。

輸入食品検査

残留農薬、残留動物用医薬品、食品添加物、自然毒、微生物、器具容器包装、おもちゃ等について、残留基準や使用基準に照らし合わせて行うもの。商品の付加価値を高めるものではありません。

    • 指導検査:厚生労働省が輸入業者に検査を指導することで、業者が自主的に行う検査。
    • モニタリング検査:厚生労働省が統計的に年間計画を立て、輸入食品の安全性をモニターしているもの。
    • 命令検査:厚生労働大臣が検査命令を出したものについて行うもの。輸入するたびごとに毎回検査を行わなければならず、合格しないと税関を通れない。

検査結果は生産国:種別:検査項目の組み合わせで、同じ組み合わせのものが指導検査やモニタリング検査で違反を連発すると検査命令が出て、さらに違反を連発すると輸入を停止される。(中国産冷凍ほうれん草みたいなかんじ)

依頼検査

なんでもありの検査。輸入品も国産品も果ては海水や土壌も依頼があれば検査します。輸入食品検査でやっているような項目に加え、栄養成分などの機能性成分も検査します。

食品検査業界の内訳

食品の検査をしたい、うなぎと戯れ餃子に埋もれながらガスクロ*1とか液クロ *2いじりたい!とか、ひたすら小さすぎるお友達を殖やしたい!と思っている方には、主に下記の選択肢があります。

食品衛生監視員

検疫所、地方自治体の保健所等で働く人。
公務員。地方自治体だとお店に収去(お店に並んでいる商品をサンプルとして無償で受け取る)しての検査もする。そのため外勤でたまに怖い目にあう(らしい)。
×のものを見つけるのが仕事。

登録検査機関の試験職員

厚生労働省食品衛生法に基づき登録した検査機関。輸入食品の水際検査(命令検査・指導検査)ができる。○団法人が多かったけど、最近株式会社も多くなってきた。
水際検査において、×のものを見つけて役所に通報するのが仕事。
ちなみに「みなし公務員」という「ナントカモドキ」みたいな生き物になれます。
お店や工場の衛生コンサルティングをしていたり、異物の検査なんかもするところも多い。

その他検査機関の職員(臨床検査系、環境検査系など)

登録検査機関になっていないが、国内の食品事業者(製造・流通)と契約して食品の検査を行うところ。
臨床検査や、科学分析、環境分析をしている企業が並行してやっていることが多いため、口に入る前のものから、消化されて出たものとか、それがさらに処理されたものの分析まで手広く携わる会社も多い。
お店や工場の衛生コンサルt(ry

食品製造事業者の品質管理部門

大企業であれば微生物検査はもちろん、抗菌剤や農薬の自社分析もできる。中小については分析機器が高いため、殆ど微生物検査専門。
しかも中小企業であればクレーム窓口とかになってるところもある。


このうち、食品衛生監視員は定められた条件を、登録検査機関の試験職員(のうち、命令検査を行える製品検査員)については、食品衛生法33条の別表において定められた条件(医師、歯科医師、獣医師、薬剤師のうちのどれか、または畜産学・水産学・農芸化学等の課程に相当する課程を修めている)をクリアすることが必要になります。(個人的にはこの条件設定ってどーよ、と思っている)
そのため、実験手技がいくら超絶技巧な人でも学歴(どこで学んだかではなく、何を学んだか)によって正式な製品検査員となれない場合もあり、その場合は依頼分析の専門家になるか、衛生コンサルティングなどの仕事をするか、食品衛生法上の登録検査機関以外の機関、または企業の品質管理部門に就職するかの選択肢しかありません。
最近は応用△学科とか先端□学科とかバイオ○○学科とかが増えていて、資格要件を判断する厚生労働省の中の人も困っていることでしょう。


ちなみに組織単位ですが実技試験のようなものもあって、登録検査機関や地方衛生研究所、検疫所については食品薬品安全センターの 外部精度管理というのを受けなくてはなりません。何も入れていないサンプル(陰性対照)と特定の農薬なり添加物なり微生物を添加したサンプルが送られてきて、分析結果を送ると、他の組織の数値とあわせて統計処理されて、中心値からどれくらい外れているかを出してくれるのですが、これを外してしまうと原因特定のために同じ実験を何度も繰り返し、大量の報告書を書くはめになります。
ちなみにイギリスのCSLというところがやっているFAPAS(理化学試験)とかFEPAS(微生物試験)とかGEMMA(GMOの検出)というのもあります。

仮想FAQ(検査機関職員版)

餃子事件みたいな食の事件に腹が立つ!食の安全安心に携わりたい!

検査機関の場合、依頼された項目以外の検査は行いません。例えサンプルの餃子にメタミドホスが10000ppm入っていようと、検査依頼項目が生菌数であれば生菌数を検査してその数値を結果として返すだけです。(一斉分析などで、「明らかにこれは…」とわかる場合はそれなりに連絡しますが、あくまで非公式なものです)
車の駐車違反はチェックするけど車内に麻薬が隠されてるかの検査はしない(できない)みたいなもんですかね。
そういう意識の高い人は検査業界ではなくて食品事業者のマネージャになってください。

偽装する業者が許せない!暴いてやりたい!

残念ながら、一部の元素分析(育った地域の判別)と遺伝子分析(品種の判別)を除いて、検査では偽装かどうか殆どわかりません。それもナマの素材であればともかく、加工食品になるとほぼお手上げです。内部通報が頼みの綱なので、警察官か食品Gメンになることを勧めます。

輸入食品の危険からみんなを守りたい!

レイシストなあなたは輸入食品の違反率が低くてがっかりすることを覚悟して下さい。

余ったサンプル食べられるんでしょ?

無理。
どうしても気になったら業者さんの名前と商品名でググって買ってください。

MOTTAINAI!賞味期限切れ食品の廃棄とか許せない!(追記)

検査はサンプリング検査のため、母集団が大きいに越したことはないので、検査機関には毎日大量のサンプルが運び込まれ、大量に廃棄されています。
検査業界に来るとショックを受けてしまうのでお勧めしません。
メーカーかNPOみたいなところをお勧めします。

財団法人とか安泰なんでしょ?(追記)

この業界も過当競争ぎみになってきたので、安泰なところもないと思います。
そろそろ(潰れるまでいかなくても)撤退するところも出てくるんじゃないかと個人的には思っています。

研究が好き!

実は研究職(分析方法の開発とかする人)は想像されてるほどは居ません。既知の方法に沿って仕事をする技術職になることを覚悟しておいて下さい。
ただし、医薬品や化工品の品管とは違って相手が文字通りナマモノなので、見方によっては毎日が未知との遭遇でもあります。
異物の同定なんかは、最新機器を使ってもわからないけど実は小中学校くらいの理科の実験でやったことを応用すればわかるものがあったりするので、個人的には楽しかった。

どんな勉強したらいい?

先述の資格要件を踏まえて、食品衛生学とか公衆衛生学は必修。後は実技が得意であれば。でも食品製造学とか加工学みたいなのを知ってる方が仕事が面白いと思う。
あと、大学とかであまり勉強しないことで必須なのが「数値の丸め方」と「不確かさの推定」。


直接の業務で参考になるサイトは下記。
厚生労働省:輸入食品の安全を守るために
輸入食品の検査についての説明から、過去の違反事例の一覧まで掲載されています。自分が担当したものが違反品一覧に初めて出たときは身が引き締まる思いでした。


財団法人 日本食品化学研究振興財団
食品の規格について網羅されているサイト。ころころ変わる規格基準を網羅しているので非常に重宝。


関西空港検疫所
検査命令などは厚生労働省より通知という形で出されるのですが、本省はなぜかいつまでたっても更新してくれない中、関空の検疫所だけこまめに公開してくれます。


以上、勘違いしている点もありそうですが、ご参考になれば幸いです。

余談。

津村さんのところで技術系サラリーマンの交差点: 分析の仕事は4Kというエントリがありますのでそちらもどうぞ。
個人的には、

キツイ

確かに水商売なのでシーズン変動とかはかなりある。でも管理者や職場に負うところが多いんじゃないかなあ。

汚い

ホモジナイズ(ミキサーなどで混和して均質化すること)したおでん、見た目が吐瀉物そっくりなんだよな…
クレーム品検査は虫も腐敗物もくるし。

危険

確かに。最近はMS分析が主流だけど、かつて保存料のソルビン酸の確認試験は、ジアゾメタンという薬品を使ったメチル化という誘導体化作業が必要でした。
塩より安全といわれるソルビン酸の分析のために、発がん性で爆発性で急性毒性も強いジアゾメタンを使う罠。
それは極端な例ですが、分析作業は食品中に入っている目的成分の量を、純粋な目的成分(標準品)と機器を使って比較するという作業になるので、アフラトキシンなんかはどうしても危険になってしまいます。


と思います。
他に

くさい

もあるかな。
有機溶媒はもちろん、腐敗臭もあるし。でも侮れないのがサンプルそのものの匂い。ハーブとかスパイスとか魚醤油とか佃煮とかうなぎ蒲焼とか健康食品の何かわからないものを濃縮したやつとかがkg単位であるので…
そんなところに完全に「まわった」油がやってきたりするんだこれが。


でも津村さんの言われてる「怖い」を含んで、一番大事なのは

覚悟

なんじゃないかなあと思うのです。バンド1本、ピーク1個、コロニー1個の重さを受け止める覚悟。

*1:ガスクロマトグラフ:揮発性の成分(特に農薬など)を分離定量する装置

*2:高速液体クロマトグラフ:揮発しにくい成分(抗菌剤とか添加物とか)を分離t(ry